なんだこれは! 〜タローマン 高知大万博 高知パビリオン〜

自由民権記念館と岡本太郎?

1989年、高知市は市制100周年を迎えました。
その記念行事のシンボルとして、高知市が岡本太郎に制作を依頼したのが「自由な私」です。
そして、同じ市制100周年を記念する施設として誕生したのが、高知市立自由民権記念館でした。
現在、「自由な私」の原画はこの記念館に所蔵されています。
一見すると意外な「岡本太郎」と「自由民権」。
その出会いは、高知市制100周年から始まりました。

1970

大阪万博

岡本太郎がテーマ館をプロデュースし、「太陽の塔」が万博会場に現れる。

1970
1984

高知・黒潮博覧会

「地方―その望ましき未来」をテーマに、高知でも大規模な博覧会が開催される。

1984
1989

高知市制100周年

岡本太郎による「自由な私」が誕生。

1989
1990

自由民権記念館開館

高知市制100周年の記念施設として開館。

1990
2026

タローマン高知大万博

「自由な私」が、時代を越えて奇獣「自由な私」として動き出す。

2026

会場で出会う、4つの断片

原画、新聞、映像、立体作品。
岡本太郎と高知をつなぐ物語の一部をご紹介します。

高知にも、万博があった。

1984年に開催された高知・黒潮博覧会。
当時の資料や映像から、高知が未来に寄せた期待をたどります。

宮脇修一氏ゆかりのEXPO’70資料と、
姿を変え続ける太陽の塔。

海洋堂高知 宮脇修一氏が大切にしてきた、1970年大阪万博の資料や記念品。
時代ごとに生まれたフィギュアとともに、
太陽の塔が受け継がれてきた歩みをたどります。

岡本太郎を、手のひらの上へ。

2011年のシリーズ開始から、海洋堂が制作してきた「岡本太郎アートピースコレクション」をまとめて紹介。
岡本太郎作品がどのように立体化され、シリーズとして広がってきたのかをたどります。
あわせて、作品の迫力や存在感を小さな立体でどう表現してきたのか、宮脇修一氏が制作に込めた思いを寄稿しています。

「自由な私」が、奇獣になった。

高知市制100周年のシンボルとして、岡本太郎が生み出した「自由な私」。

タローマン高知大万博のために作られた特別映像では、岡本太郎の作品がモチーフとなり「奇獣」という姿で登場する特撮映像『タローマン』の世界に基づき、「自由な私」も奇獣の姿となって登場します。

なぜ、この作品が奇獣になったのか。藤井亮監督が、その発想と誕生の背景を寄稿しています。

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